Hunnigan, Sloane and Minchin

グランドミュージカルとか映画とか

「FACTORY GIRLS」再演に感謝を捧げます

(国際フォーラムホールC 6月10日13:00/17:30 演出:板垣恭一)

待ちに待った再演でした。2019年の初演時に既にテーマの徹底で一線を画していた海外作曲の1840年アメリカの女工たちの実際にあった労働運動を元にした日本主導ミュージカルです。*1
手違いで初演2回取って2回見て満足し、音源も聞きまくった作品です。リニューアルされた構成にちょっと難はあったものの、メッセージ性は強化されており十分に未来を感じる作品になっていました。

musical-fg.com

 

再演所感

初演で際立っていたのはなにしろ楽曲の良さ。バキバキしたロックに乗せて女工たちが雇用主らに立ち向かう、分断しようとする力に抗う姿は胸を打つし、重層的なリプライズ構成、象徴的な楽曲「機械のように」の中の”働くの!”の一節が立場を変え何度も使われるモチーフの作り込みは今回も健在でした。

セットも照明も再演だけあり追加が多く、どれも過剰ということはなかったし、衣装もよりわかりやすくなるための変更が印象的。なるほど再演てこういうことができるんだ。

残念だったのはテンポの悪さです。追加箇所はテーマと逸れたりそのもの自体過剰という印象は受けることはあまり無くてどれも必要な説明がなされていると思うのですが、それでも重めの会話のままBGMも無しで停滞させてしまったり、美しい楽曲でいい気分になったところで拍手の間を取れずそのまま次のシーンがダラダラ続く…というのが1幕で目立ってしまったのが辛かった。ローウェルオーファリングからハリエットとサラのデュエット、そこからベンジャミンの長話の辺りですね。ベンジャミンの追加曲もどうなんだか…。(ハリエットだけでなく客席までぽかんとさせなくても…)
しかし2幕は楽曲が流れを作る場面も多く、流れが途切れることもなく楽しめました。
音楽の強さは何にも勝る。でもこの作品それだけではありません。

テーマの強さ

この作品は一貫して女性の立場の多様を描いているところ、そして労働を通し家父長制に立ち向かうことから逃げていない点が本当に誠実だと改めて感じました。
工場に来る女工は様々な事情がある。みな概ねお金が必要というのは共通しているけれど、家族に苦しめられた、愛されなかった、経済的苦しみがあった、お金のかかる目的があるとシビアな実情があります。結果的に工場で運動を起こす者たちもいれば工場側について有利な立場を得ようとする者もいる。でもその全ての尊厳を傷付けることなく、わかりあえるはずだと脚本は描いている。そして分断を煽る男たちに負けてはいけない、と。
宣伝では結構「女性だからという話ではない」と繰り返されていますが劇中は「女性として戦う」ということから全然逃げていません。明確に労働の裏側で待ち構え私達を捕らえようとする家父長制こそ抗うべき相手であることもファクトリーガールズたちの人生を語る中で明確になっている。

なんならブロードウェイ最新作*2が輸入されてもどこか保守的に感じる部分は残っているのが常なんですが、本当に要素に取りこぼしがないと思えます。

初演で終盤ストライキで「奴隷じゃないわ娼婦でもない」という歌詞だった箇所が「どう生きるかを指図しないで」という変更がかかっています。これはアメリカの歴史と展開に合わせた歌詞ではあったと思うのだけど、この変更がより立場の弱い存在の尊厳を損ねず、テーマをより広範に見せて反家父長制の響きを強くして物語を終えるかたちになったのは素晴らしかったです。

日本の脚本でここまでやりとげたことに感謝しています。

好きな曲

「川の呼び声」
OPのハリエットの呼びかけ茫洋と現れるハリエットはオーファリング誌を読んだ世界の女性によるイメージ→希望の象徴だったんですね。
「機械のように」
 後半PTSDめいた状態で仕事に打ち込む描写があります。家父長制から逃れここに辿り着いた存在であるとわかりやすく、また尋常じゃないテンションがはっきりしてすごく印象的でした。怖かった。この曲から派生したリプライズが見事に印象に残るのも素晴らしい。
「オシャレをしたいの」
 ボンネットがかわいい。オーファリング誌は当時の女性たちの生活史の保存にもなっていることを反映してる曲です。
「対決」
 短いのですが、こういった女性のやりとりをミュージカルによくある対決の名をつけてくれたことが嬉しい。
「自由の国の娘たち」
 境遇を違えた二人が同じ意志を別の立場でそれぞれ歌うすれ違いのデュエット。邪魔などさせないわ、で終わる意志の強さがラストに繋がるの本当にいいよね…。

変更点と印象的なシーン書き出し

思い出せる限りキャラクターごとにやりたいと思います。
とはいえ初演の記憶がほぼ音源なのでそれ以外の部分はあまりアテにできませんが…。

サラ・バグリー

まずハリエットに出会う場面での経営者たちへの「女にはできないってこと?」などの横槍が追加されてますね。ここはちょっと説明的すぎたかも。オーファリングでのハリエットとの語らい、2幕の請願運動失敗後と実家からの手紙のシーンが長くなっているかと思います。主役なのでね。お酒のくだりもなかったかな。年長であるとわかる部分ですね。

ハリエット・ファーリー

まず登場シーンで作業着姿になりました。初演では彼女が女工なのかそうでないのかすら不明というところがあったのでわかりやすくなり良かったです。オーファリングでハリエットとの会話の「会社は私の失敗に期待してる」というのも追加かな…。リピートするとここまで男性陣の実情がわかっていながら何故…という悔しさを感じる。
彼女の”わきまえた女”な振る舞いがサラと対照的に親から守られたことがない、という経験から来ていることが再演でやっと理解できたのも再演の収穫でした。
ソニンさんのお歌のパワーも初演からお変わりなく素晴らしいですね。ラストの絶唱をみんなに聞いてもらいたかった4年間でした。

アビゲイル

概ね変わりはないのですが、「私達もう疲れてるんです」と鯨油騒ぎの後工場に訴えるシーンなど印象が濃くなった気がします。「このままでは死人が出る」と語ったのは亡くなるシーンへの布石なんですが、初演は無かったので結構唐突に感じてました。
しかしかっこよかった。「最後に笑って死ぬのはお前じゃない」は本当にいい歌詞。

マーシャ

まずキャスト変更になりまして、前回も良かったながら平野綾さんの演技の繊細さとパワフルさでよりお話の前面に出るキャラクターになっていましたね。初演は多くのシーンでもっとモブっぽかったので。群舞でもすごく強い眼つきで雇用主らに対峙し踊るのが本当に素敵でした。
一度ストライキ参加を断ろうとするシーン「お金にならないし」は初演には無かったかと思います。彼女がオシャレとロマンスを求める芯にはいい形の結婚を必要とする経済的な面が見えるように。気合のシャドーボクシングももちろん新キャストならではです。

ヘプサベス

マーシャさん同様新キャストです。こちらも演技面が強化され前面に出る印象に。初演はより工場の元についてサラたちとは距離があったように思うのですが、今回は元々もっと近く感じられて元来の気の強さみたいなものも強く打ち出せていて良いキャラクターになったなと。

余談ですが、松原凜子さんはフィストオブノーススターのマミヤ役が大変好きなのですが、もしこの作品がアンダー制だったら松原凜子サラ、平野綾マーシャでもみたいなと感じるほどでした。

ルーシー・ラーコム

少女時代についてはあまり変更無しかと思います。作家になった姿はかなり娘時代に寄せてきてますね。結婚してからの人生を語る楽曲がなくなりBGMにして語りのみになり、ちょっと蛇足感が出てましたね…。老人の昔を懐かしむ歌というのもミュージカルでは概して蛇足にはなるんですが。ソロ削ったと思ったらサラを励ます歌が追加されて驚きました。

グレイディーズ

自作の曲を歌うタイミングが変わったかと思います。たしか部屋でみんなの前で歌い出すシーンだったはず…(本当に曖昧でいけないですね)再演では想定年齢が上がっているそうで、どのシーンでも年長者っぽく落ち着きが出てより好きになりました。天のアビゲイルへの呼びかけは音源だとちょっとテンションが変なんですよね…改善されていた。それにしても谷口ゆうなさんは歌が上手すぎる。

男性陣

スクーラーさんはハリエットに女工たちの態度を聞くところは追加かな…?アボットさんについてはあまり変更無いかと思います。職人的に敵役に徹した戸井さん、怪奇派の強みを遺憾なく発揮した原田さんのパフォーマンスは見事でした。絶対社会で出会いたくない。
ベンジャミンは新曲ですね。ハリエットが鉄道自体の話題には塩対応したの、男の夢とか知らんわって感じで良かったです。このあたりのシーンごと長くなっていましたがコンパクトにまとめてほしかった。
シェイマスも新キャスト。初演が敬語を使わず男っぽさの強いキャラクターに仕立てられていたので際立って見えましたが、サラに敬語だしなんだか好青年になっていましたね。初演の平野良さん声に特徴があり2.5出身らしい堅牢な役作りでしてそちらは音源で聞けます。再演見てから聞くと驚くかもしれない…。

美術セット

・工場に門がついた
・月が出た
・舞踏会に床ができた
・なんか全体的に木造じゃなくて鉄骨造っぽくなった
色々リッチになってよかったですほんと。

 

観劇化から時間が経ってしまいあまり内容そのものに触れられなかったのですが、こちらの記事が脚本の女性や運動についての描き方の抜かりなさを網羅してくださっているので是非御覧ください。

出来れば次回書籍で調べたこともまとめたいと思います。

*1:オリジナルと呼ぶには製作の経緯が複雑なようなのでこうしておきます。

*2:BWでかかってから概ね10年以内くらいの作品