Hunnigan, Sloane and Minchin

グランドミュージカルとか映画とか

「ファーストデート」必要なのは親友と衝動

(シアタークリエ 1月28日13:00回 演出:上田一豪)

2023年初観劇。ファーストデート、幸先のいい作品でした。

初演は見ていないものの新妻聖子さんが数年前ラジオで歌唱した「Safer」を聞いてから歌詞から示唆される内容がずっと気になっていたブロードウェイミュージカルで、周りの評判も良かったことから行くことに。いや、素晴らしい”ラブコメ”でした。

これは自説に過ぎませんが、ラブコメとは「二人の人間を中心に関係の多様さを探り人間の多面性を描き出すことによって現代人にとっての幸福を追求する」ものだと思うんですよ。だからこそ人間を見る目を緩めてはいけない…価値観を改めることを恐れない。そういう部分をちゃんと成し遂げていて感服です。

初演から10年近く経っているので不安もあったのですが、ほとんど無理がないというか10年前では日本には早すぎたのではというネタもあって、令和に見られて正解かもというところ。

さてあらすじはこの通り。

ニューヨーク、ウェスト・ヴィレッジのレストランバー。緊張した面持ちの金融マン・アーロン(村井良大)のもとに、ケイシー(桜井玲香)がやって来る。二人は今日が初対面。ケイシーの姉・ローレン(保坂知寿)の夫とアーロンは同僚で、それが縁で二人は《ブラインド・デート(一度も会ったことのない状態でするデート)》をすることになったのだった。ダメ男に引っかかるのではないかと、ケイシーの親友レジー(植原卓也)は気をもみ、姉のローレンは、アーロンは結婚を見据えた恋愛ができる相手だと発破をかける。芸術家肌で恋愛にも奔放そうなケイシーを前に、アーロンの脳裏には結婚式当日に逃げられた元カノのアリソン(音くり寿)の姿が浮かんでしまうが、そんなアーロンに親友の肉食系男子ゲイブ(オレノグラフィティ)は、一歩踏み出すべきだと喝を入れる。その場にいないはずの、親友、親、兄妹、元恋人の心の声に翻弄されながら、お互いを探り合い、ぎこちなく会話を始めるアーロンとケイシー。そんな二人を、ウェイター(長谷川初範)も見守っているが…。

シアタークリエ ミュージカルコメディ『ファースト・デート』

ほとんどレストランバーの中でアーロンとケイシーの会話が続くコンパクトなワンシチュエーション。クリエらしいサイズ感で、周りのテーブル客に扮したキャストが時に二人の内なる声として親友になり親族になり元恋人になり抽象化された宗教観にもなり会話劇なのに舞台上はほとんど絶えずドタバタしていて本当に楽しかった。

話もあらすじの通りそれだけ、ではあるのだけど二人の会話が深まるほどにアーロンとケイシーそれぞれが何を抱えてどうしてこういう人物なのかが判って行く脚本の仕掛けが冴えていて、個人的に特に面白かったのは”アリソン”でした。

姉との会話親との間で何かあったなと思わせぶりなケイシーに対しあけっぴろげなアーロンの問題は実は見えづらくなっていて、それは何故かというと自分を傷付けてきたアリソンへの”幻想”を捨てきれてないからなんですよね(ゲイブの姿で指摘はしてるのに)。ほとんど精神的なDV状態だったみたいなのでアーロンの失言癖みたいなところも付け込まれてそうだしレストランに現れた時の所在無さがどう培われてきたのかを思うとなかなかつらい。ケイシーの助言で一度は打ち払ったものの、最後の決断の時にはやはり足を取りにくる。(ここでどんな女だったか全貌がやっと見えるんですよ…)

また丹念なアーロンのトラウマに対してケイシーについては仄めかしが多く父との関係も仕事の失敗も裏切られたというエピソードも全部は見せない、というのも捻りがありました。内にこもり考え込みがちな彼女の自己不信はアーロンと相対化されるものではなく、何事にも素直で鷹揚とも言えるアーロンの存在自体が解いて行く。だから最後にそれぞれに握り締めるのは自信と衝動。

ここまでやったからこそ、それでも過去が、どんなトラウマが掬いに来ようと自分の足を動かすのは自分でしかないのだと信じさせてくれるラストシーンが極まっていて泣きそうでしたね…。

 

見る前は古びていないかという心配もありましたが、こういった自他への不信のあまり自分から悪い選択をしてしまったり、自分を毒する相手に依存するという人間性を描いていることはそうそう古くはならないように思いました。古くなるのはサラダのくだりくらいじゃないのかな。

またお互いの宗教の相違についても全力でギャグにしながら最初に全部提示しておくけどでもそれは彼ら個人を完全には定義しないことを示しているのも凄みがありますよね。日本ではどうセンシティブでどう扱うものなのかさえ悩ましく、無かったことにしてしまってそれも失礼だったり…ということもありがちなので、こういう現代劇を母語で見られることに輸入演劇の意義を感じるし感謝です。

 

最後にキャストについて。どうも生きるやチャーリーブラウンで怒りがちな役ばかり見ていた村井さんの優しい役がやっと見られました。劇場を出て丸の内のレストランにもいそうなリアリティがあってよかった。(でもサラダのくだりでキレてるところイキイキしてた)それからレジーとして何度も駆けつけてくれた植原さん、時に顔のいい最低野郎の植原さん、フィストオブノーススターでもいつも最高でしたが才気溢れる芝居をめっちゃ堪能できました。なんか、凄すぎた。後ろのお客さんみたいな役だとばかり思ってたんですけど…どんどん見たくなるなぁ。

音楽が思ったより弱かったのが意外でしたが、オリジナル版を聞いてみたいと思います。BW近作輸入ミュージカルも少し勢いが弱い昨今にこういう作品ほんと見逃してはいけないですね。本当にいい観劇はじめでした。

 

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