「DEATH TAKES A HOLIDAY 」可能性と拒絶のロマンス
(東急シアターオーブ 6月24日 16:00 演出:生田大和)
モーリー・イェストン作曲の日本初演作品。
宝塚だし取れてよかったな〜くらいの気持ちで見たのですが、(宝塚は普段はBS放送や、たまに気になる役者さんがいる時に円盤で楽しむ程度です)輸入演目で今のところ今年一番では?ってくらい良かったです。
あまりにもクラシカルな男女ロマンス+おとぎ話が過ぎる演出ではあるけど楽曲が何しろ強く美しく感情を攫うし、何よりこれが「家父長制に抗うための物語」だと思える脚本だったのが大きいです。
全体的なイメージ
全体の感触をおおまかに例えると、グランドホテルのような哲学的物語をオムニバスで綴りつつリトルマーメイドと美女と野獣のエッセンスを加えた感じ。どこからが宝塚独自演出なのか不明ですが、完成度が高くてあまり外部でやったら…と想像する必要も無いように思いました。ラストシーンは衣装作り込みたかったんだなと感じるところでしたが。後で触れますがそこも想像の余地があって面白い試みになって良かったのです。
この世界を形作るもの
先に「家父長制に抗うための物語」と書きましたが、宝塚でかかることでこの辺りが巧妙に分かりづらくなっているのが面白い点でもありました。ラブストーリーなのにヒロイン以上に父ヴィットリオとの会話が多いのは何故なのか、グラツィアを惹きつけたものはなんなのか。ロマンスの型を使いながら最終的に型がボコボコになっている印象です。
まずランベルティ一家には死んだロベルトを中心とした第一次世界大戦の傷があって、実はその始末をしていたという人間の殺し合いに倦んだ死神サーキがそこに混入する。父の満足する結婚に臨む娘グラツィアがいて、決して彼女はそれを心から望んではいない。大きな存在に「言われたままに」向き合う二人が出会って起こる反乱。それが”死”に向かうことであっても…という構図がまずあります。
そしてサーキの感じる生の喜びと共にオムニバス的に一家の多様な面々にとっての死の語りが続く。愛は可能性を紡ぎ、死はその断絶を意味しながらも、時に愛もまた可能性を奪い死者を愛し続ける矛盾を抱えて生きている愛おしき人々。そんな中で父の愛は一見暖かく見えますが、本当にそれがグラツィアを幸せにしただろうか、というのは疑わしいのです。
彼がサーキに語った娘に期待する「子供を産むかも」という言葉がありました。これはサーキを重く引き止めるきっかけでもありますが、この言葉が彼女の人生を制限する以上、父との方が仲が良い婚約者に添わされ愛をでっちあげねばならぬならば、それは“戦争を起こすもの“の小さな似姿に過ぎないのですよね。
これがグラツィアが「命の限り」抗ったもの、サーキを倦ませたものであり、物語は決して肯定しないで終わる。やはりこれは家父長制との戦いなのだと思います。
とはいえ余白は多い作りで、この価値観だけで終わらせているとも思いません。そのために老医師の語りもある。未亡人アリスの孤独もある。父ヴィットリオ役が一見優男で強硬的に見えない人物になっているのも、善悪に落とし込まない深みを作り出していたように思います。分かりにくくなっているのが惜しい、とも思いつつ…。(オフ・ブロードウェイ版の映像を見るともっと厳格な父の印象でした)
視覚化される”生”
こういった印象を持つに至ったのが強力なモチーフの利用というのも出色です。
サーキが人間として生き迎える朝食のテーブル。切り花は既に死んでいるし、目玉焼きは産まれ損なった命でもある。湖のロケーションで説明される言葉、庭から茂みを越えトンネルを抜けるのは産道のメタファーでたどり着く暖かい湖は羊水。真ん中にはDNAそのままの螺旋階段。だが途切れている。グラツィアとサーキ二人の冷ややかな美しさに対してなんならちょっとキモいくらいの命茂る景色。そしてアリスとサーキの肉体的なやりとりの未遂でも生を性を強く感じさせている。
湖についてはここから生まれ出でて、最後極寒のシベリアに向かうのはわかりやすい人の一生ですね。これらのちょっとキモいまでの温かさを振り切り可能性を生み出さぬ”死”に惹かれる、冷ややかな世界の対比を美術面が強く支えていたというのが本当に見事で、国内独自演出でこんなことやれるんだ!と感動していました。
切れていた螺旋階段が繋がる瞬間それはDNAではなく彼ら自身の愛となった。と捉えています。でもまた見たら変わるのかも。
ラストシーンの解釈というかあの…
これらは宝塚の予算力もあるところかと思うのですが、その点で一つ言いたいことが。
ラストシーンのサーキの姿、だいぶ面白い試みですよね?あれ、ロシアの王子様の姿ですよね?いや単にお召し替えしたかったんでしょうけど、グラツィアの求めのまま死の世界に迎えられたとしか思えないのに「本当にニコライ・サーキとして生きてグラツィア嬢はお嫁に行くことにしたのかもしれない…」というとんでもない余白を差し込んで来てますよね?すっごい良かったです。そんなわけないんだけど。死神でも王子様でも、もう会えないだけなら同じこと…であろうかという問いを感じずともない。
おわりに
楽曲についてはうまく触れられてないのですが、全部良くて。しみじみ思うのはラストシーンに向かい舞台が整っていくところで壮大なオケの死神のテーマにものすごく揺さぶられました…。”そして何かを起こす”者が舞台最奥からゆっくりと歩いて来る演出はたまらない。ミス・サイゴンもそうだそうだと言っています。演出のこういったシンプルな点もパワーがあって本当に…いいもの見たなぁ…。
そして繊細な演技をこなしつつあれだけのビッグナンバーを歌いこなされた月城かなとさん、海乃美月さん素晴らしかったです。日本初演が月組で本当に良かった。
円盤楽しみですが、出来れば再演もしてほしいところです。