Hunnigan, Sloane and Minchin

グランドミュージカルとか映画とか

「violet」 お前に都合のいい神様はいなかったが

9/5 「violet」 東京芸術劇場 マチソワ

奇跡的に昼夜が取れたのでWキャスト鑑賞。席も1階と2階から。

普段あまり2度前提に見ることはしないのですが今回は正解でした。あらすじから「傷を追った女性が一人旅に出てテレビ伝道師に会いに行く」なので多少の不穏は感じていましたが、正直ここまで難解な作品だとは思わなかったです。面食らう部分はあったものの、ほっこりした宣伝からは想像できない刺激がありました。

 

f:id:minchin:20200906130628j:plain傷を認めることの物語だったのかな。バイオレットとモンティとフリック、三者三様のコンプレックスと美点を互いに指摘し深く深く交わって行く。「自分には傷があるから差別される人の気持がわかる」と傲慢な考えを隠さず黒人フリックを傷付けてしまうバイオレット。自分の都合のいいときだけ女の子に優しくして二度と会えないかもしれないバイオレットもそれでいいと思っているモンティ。他人の目を気にしてバイオレットの前へ踏み出すことが出来ないフリック。それぞれが指摘し合い、内に向かって行く。

自分のであれ他人のであれ、傷を見つめる勇気を持つことは完全であることを諦めるという意味でもある。万能の伝道師様をすがりついに会えたと思った途端にその力はただのショー、癒やしは幻想だったとわかる。

だから自力で奇跡を祈ったバイオレットがその先に見たのは、それまで見えなかった父の”傷”。娘の顔に人生を左右する傷を作ったという後悔。


一度ではしっくり来なかったけどそう理解するとかなり面白いシーンでした。
伝道師も「トラックの荷台で始めた活動が大きくなった」「KKKとも戦った」という言葉から根っから胡散臭い活動でもなかったのかなと思うんですよね。「お前に都合のいい神様はいない」という言葉そのもの。それが父と入れ替わりに現れるという…。

 

この辺面白くはあるけど初回で感じた妙な違和感の理由でもあるのかなとも思います。父と娘の、そして男女ロマンスのお話なんですよね。計算問題と称してカードを教えたときの言い分も「男の相手をするのに困らない」。父は後悔していたけれど、それでも強く生きられるように毎日育てた、という答えにバイオレットが自力で(少女バイオレットが去って以降は実際の過去では無いと思っています)辿り着いたのは感動的だけど、生きていくことに対して男性に愛されることの重点がなかなか強いような…。

 

その後の自分の望むままの奇跡が起こったと思い込む姿もちょっと飲み込みづらかったけれど、外観の、しかも生まれつきではないというコンプレックスがどれほど簡単でないかを描いたと思えばあの対話ですんなり終わらせてはいけないのもわかる気がします。


しかしモンティがベトナムに行くという悲惨を示唆して終わる部分は…なんなんだろう。ベトナムに去る前に過ごす相手として選んだだけだったというところにも彼の理解していなさは残っていたので…。

 

 

ストーリーに関してはそんな感じですけど、短縮版だったことも影響してる部分あるかなと思うのでいずれ本来上演される予定だった形で見られるといいですね。
いつもあまり取らない2階から見たら理解度が違って驚きました。一度目の1階席からだとバスで老婦人が席を変えた理由もフリックが来たことからだということもわからなかったしで。(集中力の問題かも…)


演出面は、冒頭のキング牧師のスピーチ映像に立ち上がるの3人の黒人役俳優からこれは差別に向き合う作品であると示唆して始まるのが良かったです。もちろん黒塗りは無し。時代ものなので髪型とメイクである程度作れるところはあるなあと見てて思いました。でもそれ以上に雄弁だったのが”歌声”であるのに感心しました。

メンフィスの場面でさっきまで上品な老婦人だった島田歌穂さんが娼婦(だよね?)になり渋く寂しいブルースを、昨年ファクトリーガールズでポップス系の明るい歌声で気に入っていた谷口ゆうなさんはゴスペルナンバーをがっつり歌い上げていた。(エリアンナさんはすみません、今までわりとブラックミュージック系の歌唱しか聞いてなくて…相変わらずパワフルで素敵でした)

もちろんミュージカルの作品内で常にジャンルが厳密なわけでもないし歌唱法がきっちり分かれているばかりではないと思うのでこれが全てでは無いとは思いますが、”見た目”の問題として黒塗りが話題になりがちな昨今ですが演技の面でも被差別民として描けていた上でさらにこういう演出が出来ていることが印象的でした。

 

 

個人的にグランドホテル以来梅芸のトム・サザーランド関連企画作品は楽しみにしているので、今回の上演決定がまずありがたかったです。これからもいい企画が続くといいなぁ。

なにしろまず、コンサートでない本編上映が叶ったことに感謝して、一日も早く劇場が以前のように戻りますように…。